本企画もいよいよ最終回! 第3回目に続き、福岡山王病院の伊藤鉄英先生にご登場いただきます。今回は伊藤先生の患者様で、慢性すい炎を経験されたSさんと対談。Sさんには発症した経緯から、どのような治療を経て今に至っているのかを話していただきました。実際の経験者のお話だけにとてもリアルに慢性すい炎の怖さが分かります。同時に、早期発見・早期治療をすれば、回復できるのだという希望も見えてきます。万が一発症してしまったらどうなるのか、どうすればいいのかを伊藤先生がSさんとの対話の中で教えてくれました。

「20年以上、毎晩、飲み歩いていました。
たぶん仕事のストレスもあったと思います」(Sさん)

「ストレス発散のため大量にお酒を飲み続けたことによって
慢性すい炎を引き起こしていたのでしょうね」(伊藤先生)

伊藤先生まず、発症前はどんな生活を送っていたのか、改めて聞かせていただけますか。

Sさんはい。とにかく飲酒量が多かったです。ほぼ毎晩、少なくてもビールを1.5リットル、多い時には日本酒を一升以上飲んでいました。当然、二日酔いで朝食を食べることができません。昼食はラーメンや中華など脂っこいもので済ませるなどの生活を長く続けていました。

伊藤先生まさにアルコール性慢性すい炎を発症する方の典型的な生活パターンです。でも、そんなに飲むのは、相当ストレスがたまっていたからでしょう。

Sさんそうだと思います。若くして会社を立ち上げたため、事業を成功させるには自分が頑張らないといけない、つきあいを大事にしなければという思いがとりわけ強かったので、ストレスはかなりあったと思います。

伊藤先生Sさんのように几帳面で礼儀正しい人は、大量飲酒や高脂質の大量摂取によってストレスを解消しようとする傾向があります。そのような食生活を繰り返すうちに腹痛を感じるようになっていくわけですが、すい炎の初期段階は飲酒によって感覚が麻痺し、痛みが緩和されます。それゆえ、ますます飲酒が習慣化し、気づかないうちに慢性すい炎が進行してしまうわけです。腹部に痛みや違和感が出始めたのはいつ頃からでしたか?

Sさんかなり以前からあったのですが、てっきり胃痛だと思っていました。ただ、3~4年前あたりから、昼食後や特にストレスが多い時期になると必ず左脇腹部に違和感をおぼえるようになりました。それで不安になって近所の内科へ行きました。2018年1月のことです。事前に人体解剖図を見ていたので、「痛みの位置から考え、すい臓に問題があると思う」と伝えましたが、腸にガスが溜まっているのではないかと診断されました。胃カメラと内視鏡検査を行っても問題はなく、ただ肉食で脂肪過多の食事が多いことから「大腸憩室炎(※)気味だけど、問題ない」と診断されました。

※大腸憩室炎(だいちょうけいしつえん):大腸の腸管壁にできたくぼみに炎症がおき、発熱や腹痛をおこす疾患

伊藤先生大腸憩室炎の痛みは、腸管にできたくぼみに限局したものです。それが広がって吐き気やお腹全体の痛みになることはありますが、慢性すい炎の痛みとは全く異なります。ただ、内科医ですい炎の可能性まで見据えて診察できる医師はなかなかいないと思います。せめて消化器内科で受診できたらよかったのですが、何科で診てもらえばいいかという判断は一般の方には難しいです。

Sさん僕もてっきり内科で診てもらえると思いました。しかも、その医師から問題ないと言われてすっかり安心し、毎晩お酒を飲む生活に戻りました。二日酔いで翌朝、嘔吐するというのが日課でしたが、ある時から飲酒中にも嘔吐するようになり、左腰上部の痛みが激しくなっていきました。さすがにこれはおかしいなと。

伊藤先生他に気になる症状はありましたか? 便はどんな感じでしたか?

Sさん肩や腰が我慢できないほど痛かったです。特に、左側の背中、左肩が慢性的に凝っていて硬かったです。便は固形ではなく、完全に水のような状態でした。消化できていない食べ物がそのまま出てくることもありました。どんどん痩せていき、体重も15キロほど減りました。

伊藤先生左肩が凝るというのもすい炎の症状です。水っぽい下痢はおそらくすい炎だけでなく、アルコールの飲み過ぎにも原因があるものです。

「明らかにそれまでとは違う激痛と吐き気に襲われ、
自分で『すい臓』を検索し、伊藤先生の病院へ駆け込みました」(Sさん)

「慢性すい炎はかなり進行しているのに、血液の値がそれほど悪くない。
数値だけで判断していたら専門医でもすい炎を見つけられなかったかもしれません」(伊藤先生)

Sさん伊藤先生のところへ駆け込んだのは忘れもしない2019年4月19日でした。前日、天ぷらを食べただけで吐いてしまったんです。もう完全に体が食べ物を拒絶しているようでした。今までとは明らかに違う吐き気と、立っていられないほどの激痛が背中にあったので、スマホで「福岡 すい臓」で検索し、翌日、福岡山王病院へ予約なしで診察をお願いした次第です。あの時、伊藤先生が緊急で診てくださったお陰で本当に命拾いしたと思っています。

伊藤先生触診ですぐ慢性すい炎を疑いました。すぐにエコー検査と造影CT検査を行いました。造影CT検査の結果、すい臓がんがないことが判明したので、そのことはすぐにお伝えしました。

Sさん先生にお聞きし、すい臓がんの可能性もあったのかと驚きつつも、ちょっと安心したのを覚えています。

伊藤先生MRCP検査(※)と内視鏡検査も行いました。そこで分かったのは、こんなに若いのにすい臓がペラペラで萎縮していること。すい臓の破壊が一気に進むことを急性増悪というのですが、それがすでに起こっていてかなり進行していました。ただ、血液検査の結果は悪くなく、血中のアミラーゼ、リパーゼの数値は正常でした。画像検査を行っていなかったら、慢性すい炎と診断できない消化器内科の医師もいるかもしれません。

※MRCP検査(MR胆管すい管撮影):MRI装置を用いて胆のうや胆管、すい管を描出する検査

SさんPFD検査(すい外分泌機能検査法の一つ。71%以上が正常値)の結果が55%でした。先生が想定していた数値よりも悪く、深刻な状態だとお聞きし、ショックでした。その後すぐ、薬と食事による治療が始まりました。

「薬を飲めば症状は緩和される。でも、今までの生活を続けていたら
慢性すい炎はさらに進行するよと警告しました」(伊藤先生)

「こんなにもお医者さんに厳しく言われたのは初めて。
お陰で病気と向き合う覚悟を持つことができました」(Sさん)

伊藤先生薬だけでなく、慢性すい炎の治療で非常に重要なのが栄養管理です。そのため、慢性すい炎の患者さんには次の7つをお伝えしています。①脂っぽいものを取り過ぎない②(唐辛子など)刺激の強い香辛料の過度な摂取を避ける③便秘をしない④脱水症状を起こさない⑤よく噛んでゆっくり食べる⑥ストレスをかけない⑦お酒を控える、です。特に⑥のストレスに関して言うと、ストレスによってすい臓の働きが悪くなることが実証されています。また⑦のお酒がなぜダメかというと、すい液は本来サラサラなのですが、アルコールを摂取するとドロドロになり、すい臓の働きを悪化させるからです。

Sさん慢性すい炎と診断されただけで気が滅入りました。さらにその7つを守らなければいけないと聞きストレスを感じたのですが、そのストレスもまた害になると言われて、どんどん神経質になっていました。でも、現実から目を背けようとする私の気持ちとは裏腹に、伊藤先生は「まずは生活を正しなさい」と厳しく指導してくださった。あまりに厳しすぎて辛い時もありました。でも、今思えば、先生の指導のお陰で、病気と向き合う覚悟が持てました。

伊藤先生薬を飲めば、症状はかなり軽減されますが、飲酒を続けると慢性すい炎は確実に進行していきます。Sさんに治っていただきたかったので、あえて心を鬼にしてアドバイスさせていただきました(笑)。

Sさん伊藤先生に「病気のことを知ることが大事だ」と言われ、先生が作られたアプリや本で勉強したのも良かったです。知れば知るほど恐ろしい病気だと分かり、これはお酒をやめないと命を落とすことになるなと。そのことに気づいてから、一切飲みに行かなくなりました。今は完全にお酒を絶っています。

伊藤先生今のSさんの状態だったら、ビールなら500ミリリットル弱、焼酎だったら1合弱までならば飲んでも問題ありません。ただし、それ以上は口にしないという覚悟がなければ、飲まない方が得策です。

以前、Sさんと同じ薬を服用する慢性すい炎患者さんの追跡調査を行ったことがあります。その中で、服用後、1年以内に7割の患者さんは症状が改善しましたが、残り3割はすい炎が進行していました。なぜかと思い、さらに調査したところ、すい炎が進行した患者さんのほとんどが、大量飲酒をやめていませんでした。

Sさんそのデータを聞くとますますお酒が怖くなります。僕は先生に言われた通り、最低3年はお酒を我慢する覚悟です。

「この病気には家族のサポートが非常に大切です」(伊藤先生)

「管理栄養士さんの指導を受けた食事を用意してくれたり、
一緒にランニングしたり。家族がいろいろ協力してくれています」(Sさん)

伊藤先生お酒をやめることだけでなく、脂肪の摂取量の調整も必要です。慢性すい炎の患者さんの場合、PFD検査の数値で、摂取可能な脂肪の目安を出します。この脂肪の摂取量に合わせて日頃の食事内容を指導しています。

Sさん私の場合、PFDの数値から、最大で1日の脂肪の摂取量が60グラムまでとのことでした。妻が管理栄養士さんから指導を受けて脂質量を調整しながら食事を作ってくれています。脂質の摂取量や満腹感の制限に対して過剰に反応し、神経質になっていた時期もありました。その頃は、牛肉はサーロインではなくヒレに、鶏肉はモモではなくささみに、魚も低脂肪の白身魚にしてもらっていました。ところが、脂質量が足りていないと管理栄養士さんに指摘され、それ以降は低脂肪のものを選びつつ、脂質が過度に減らないよう気をつけるようになりました。

伊藤先生正しくすい消化酵素薬を服用していれば、ラーメンでも焼き肉でも食べて大丈夫です。慢性すい炎は長く付き合っていく病気ですので、治療がストレスにならないよう適度に好きなものを食べることも大切です。ただし、ラーメンの汁を飲み干すのはやめて欲しいです。

何よりこの病気の治療にはご家族の協力が不可欠です。私からもご家族に「Sさんが病気であることを理解し、サポートしてあげてください」とお伝えさせていただきました。

Sさん今、家族のサポートのありがたみを実感しています。最初の頃はお酒を飲まないよう、目につかない場所に隠してもらったり、家族が食べたいもので僕が食べられないものは、見えないところで食べてもらったりしていました。できる限り運動も心掛けているのですが、たまに気が緩んで怠けそうになる時は、家族でランニングにつき合ってもらったりしています。

「すい臓の機能が1年でかなり回復。生活スタイルもガラッと変わり、
仕事で無理な頑張り方をしなくなりました」(Sさん)

「すい臓はある時から急激に悪化します。まだまだ専門医が少ないのですが、
少しでも違和感があったらSさんのように自ら専門医を訪ねることが大切です」(伊藤先生)

伊藤先生痛みや違和感は治療開始からどれくらいで完全におさまりましたか?

Sさん1年ぐらいです。今は違和感もなく調子が良いです。体重も元に戻りつつあります。先生に診てもらい始めてから1年経過した時、すい臓の機能検査をしていただきました。PFD検査の数値が55%から67%まで回復していました。本当にうれしかったです。

伊藤先生Sさんが頑張ったからです。生活も変わりましたか?

Sさん仕事で無理な頑張り方をしなくなりました。以前は仕事を始める時、いつも二日酔いの状態でしたが、今は頭がクリアなので、短時間で終わらせることができます。夜も飲みに行かなくなったので家族と過ごす時間が増えました。

今も2カ月に1回、定期健診に伺っていますが、これは僕にとって非常に大事なこと。というのも、たまに意志が弱くなることがあるのですが、定期健診で先生に会うと身が引き締まるからです。本当に感謝しています。

伊藤先生光栄です。Sさんと理想的な患者とドクターの信頼関係が築け、私もうれしいです。

Sさんすい臓の専門医である伊藤先生に診てもらえて本当に僕はラッキーでした。ただ、3年前に訪ねた内科で大腸憩室炎ではなく、慢性すい炎と診断されていたらもっと早く治療を始められたのではないかという思いがあります。問題ないと言われて安心し、違和感があるにも関わらず、それまでと同じように大量にお酒を飲んで、知らない間に病状を悪化させてしまっていたわけですから。それが唯一の後悔です。

伊藤先生慢性すい炎を発見できる知見を持つ専門医がまだまだ少ないのが現状です。すい炎にもかかわらず、胃の病気と判断されてしまう。また、胃薬を飲むと痛みが緩和されるので、良くなったと勘違いしてしまうケースは非常に多いです。

「肝臓は沈黙の臓器、すい臓は寡黙の臓器」という言葉があるように、すい臓は全く喋らないのですが、いったん“喋り出す”と急激に悪くなってしまう。ですから、腹部や背中の違和感や、脂っぽいものを食べると調子が悪くなるといった自覚症状があれば、まずは消化器内科を訪ね、自分から「すい臓を診てほしい」と申告してください。それでも診てもらえないようだったら、やはりすい臓の専門医を訪ねることが大切です。

Sさん、今日はいろいろ貴重な経験をこの場でお話いただき、ありがとうございました。慢性すい炎がどういう病気かが現実味を帯びてみなさんにも伝わったと思います。

Sさん僕の方こそありがとうございました。さらに良くなるようこれからも頑張りますので引き続きご指導よろしくお願いいたします。

PROFILE

伊藤鉄英

いとう・てつひで/福岡山王病院 肝臓・胆のう・すい臓・神経内分泌腫瘍センター長
九州大学卒業。神経内分泌腫瘍・胆すい疾患に関して最先端の機器および知識を用いて、最良の医療を提供。すい炎・すい臓がんのみならずフォン・ヒッペル・リンドウ病、MEN1型腫瘍などに合併するまれな神経内分泌腫瘍に対しても豊富な診療経験から的確な診断および治療を行っている。

Sさん

Sさん(43歳)/自営業 福岡県生まれ。妻と2人の子どもがいる。自営業ということもあり、自由が利く上、酒飲みの先輩や友人も多く、発症前はほぼ毎日飲みに出かけていた。今は家族とランニングの他、筋トレも行っている。

過去インタビュー

東京女子医科大学消化器内科 教授 清水 京子先生

先生、教えて!すい臓の病気
「慢性すい炎」てどんな病気なのですか?

東京女子医科大学消化器内科 教授 清水 京子先生

慢性膵炎についてより多くの方に知っていただくため、専門医に話をうかがう特集を4回シリーズでお届けします。
第1回は東京女子医科大学の清水京子先生に、慢性膵炎に関する基本的なことを教えてもらいました。

テキスト

先生、教えて!すい臓の病気
「慢性すい炎」を放っておいたらどうなるんですか?

東京女子医科大学消化器内科 教授 清水 京子先生
俳優 哀川翔さん

第2回は、慢性膵炎が最も多いと言われている世代を代表して俳優・タレントの哀川翔さんにご登場いただき、慢性膵炎を放っておくとどうなるのか、清水先生に聞いてもらいました。

先生、教えて!すい臓の病気
「慢性すい炎」はどのように診断するのですか?

福岡山王病院 肝臓・胆のう・すい臓・神経内分泌腫瘍センター長 伊藤鉄英 先生
フリーアナウンサー 旗本由紀子さん

第3回はアナウンサーの旗本由紀子さんと慢性膵炎を専門とする福岡山王病院・伊藤鉄英先生との対談になります。この回では女性の視点で慢性膵炎をとらえ、詳しくお伝えしていきます